column 2012.11.22
 
Rトピックス

建築士に聞く! 木造戸建リノベーションの魅力

伊藤麻美子(大阪R不動産/アートアンドクラフト)
 

そもそもは大阪の街にありふれる無個性な「フツーのハコ」。しかし、元々持つポテンシャルを引き出すことで、木造戸建ならではの「楽しめる住まい」になりました。そんなリノベーションの事例を紹介します。

古い梁と新しい梁を混在させ、木造戸建の持ち味を活かしリノベーション。一階は大胆な土間スペースにし、商店街とのつながりを意識しました。(リノベーション設計・施工:アートアンドクラフト)

「1階でお店をして2階に住みたい!」
「たとえ居住空間が狭くなろうとも、大好きな愛車を室内に入れたい!」

戸建のリノベーションに、こういった夢を抱く方は少なくないのではないでしょうか? しかし同時によく聞かれるのが、「古い木造って、強度は大丈夫?」という声。構造的にその後長く住み続けることができるのか、不安に思う方が多いようです。

「木造は補強するのが比較的簡単な構造。継ぎ足すことも、朽ちた部分を入れ替えることも割と簡単にできます。それは何百年も前からあるお寺なんかを見てもわかりますね」。そう語るのは、数々のリノベーション設計を手掛けてきた建築士、枇杷健一(アートアンドクラフト)。たしかに、鉄骨が錆だらけの鉄骨造や、鉄筋とコンクリート部が爆裂した鉄筋コンクリート造の構造補強は、お金も労力も一般人が手を付けるのは容易ではありません。それに比べれば、補強するのは簡単だという木造戸建のリノベーションの現場とはどんなふうなのか? 今回、枇杷が設計監理を手掛けた木造戸建のリノベーション事例について話を聞きました。

解体しないとわからない

舞台となるのは大阪市福島区のどこにでもあるような木造戸建。リフォームをした形跡もあり、床下もじめじめしていない。第一印象はまずまずな状態です。しかしいざ解体してみると、脆弱なレンガ基礎が出てきて愕然としたそうです。予定を大幅に変更し、基礎を打ち直すところから工事が始まりました。

「見える部分だけでいろいろ言ってもそれは予想でしかない」。それが一番怖いところだと枇杷は言います。管理費、修繕積立金を集めているマンションなら、躯体や防水、給排水など、重要な部分の維持修繕は管理組合で計画的にやっていきます。しかし戸建は、そのすべてのメンテナンスを自分でやっていかなければいけません。怠った分だけ建物は劣化してしまいますが、その状態は解体してみなければわからないことが多い。スタートラインが最大の難関なのです。

左:リノベーション前。1、2階は光が届かない。風通しも悪く、ムッとした空気が立ち込めます。 右:比較的明るい最上階。

目視では外壁は良好。しかし、床下から出てきたのはあまり状態の良くないレンガ基礎でした。

商店街沿いの戸建だったため、資材を置く場所も駐車スペースもありません。先に2階を造り、1階に置いている荷物を移動させ、次は1階を造る…。 枇杷は現場で細かな指示を重ねました。

左:状態のよい柱、梁。 右:基礎を打ち直し、補強がいる箇所には新しい部材を加えました。

左:使い込まれた古い階段。 右:花模様の欄間。

基礎はそんな状態でしたが、出来る限り使えるものは使うというのが枇杷の方針。もともとある梁、柱、耐力壁をどのように補強するのか、それは図面の上で完結する話ではありません。材料が到着してから棟梁と現場で一本一本接合していきました。建築士、棟梁、大工、それぞれに高い技術と能力が求められるこの作業、しかし「棟梁も大工もややこしいのが好き」というから脱帽します。

木造戸建リノベーションの魅力

吹き抜けを介して屋根裏空間と繋がる2階。奥の和室は障子で独立した1部屋にもなります。

出来上がったこの家は、古い梁と新しい梁が混在し、豊かな表情を見せます。古い欄間や建具も、新しいものになじんでいます。驚いたのは和室にしつらえた床柱。新しく細いものを用意したのかと思いきや、既存の床柱を現場で削って造り直したのだそう。「積極的に古い部材を使ったのは、もちろんコスト削減にも繋がるが、この建物の持つ記憶を継承するということを表現したかったからなんです」と枇杷は語ります。50年以上の時を経た部材、それを丁寧に蘇らせる職人の腕の良さ、そして建築士の思い。そこに新しいものの美しさが加わったこの家は、これから先も長く丁寧に使ってもらえるでしょう。

左:この窓を見上げ、ここからの光を活かしたいと枇杷は考えました。 右:大きくとった吹き抜け効果で明るくなりました。

家全体が明るくなったことが、この家のリノベーションのポイント。案外普通な答えだと拍子抜けする方もいるのではないでしょうか。この建物は間口が狭く、奥行きがあるため、最上階以外はほとんど光が入りませんでした。いくら内装が良くなっても、採光、通風は気持ちよく生活する上で、やはり欠かせないもの。新たなプランでは、屋根裏空間と2階を繋げる吹き抜け部分を大きく取ったため、光と風が家全体に行き渡ります。その光は家全体に差し込み、1階にまで届きます。そして1階のバスルームにトップライトを設けました。「屋根裏の窓を現場で見ながら、あそこからの光を有効活用できるはずと予想はしていたが、実際に出来上がりを見ると想像していたより遥かに良くなった。間取りを少し変え、トップライトをつける。大層なことをしなくても、空間が劇的に変わるこの感じはマンションでは味わえない。だから木造戸建のリノベーションはおもしろい」と枇杷は振り返ります。

木造戸建リノベーションだから実現できる、現場造作でつくった広いバスルーム兼インナーバルコニー。

左:階段の下2段は古い階段を現場で加工して使用。 右:既存の床柱や欄間と、新しい建具が融合したモダンな和室に生まれ変わりました。

マンションリノベーションは共用の縦管との兼ね合いで、水まわりの位置の選択肢が縮まることもあります。その点、木造戸建は自由なプランニングができます。この家のインナーバルコニーを兼ねた広いバスルームや、縦の空間をうまく利用し、空間の関係性をおもしろくするのも木造戸建ならではです。

今回の事例から、木造戸建リノベーションでできることの可能性を改めて感じました。

※この建物は2012年11月25日まで開催中の「街 建物 リノベーション展2012」の会場となっているため、その場で実際にご覧いただけます。

「街 建物 リノベーション展2012」の詳細はこちら。

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